出会った人々
時差もあるとは言え、
4日もかけて地球の反対側から子連れで帰還するのは、本当に大変でした。
とにかく見事にトラブル続き。
しかし、それぞれ複数の列車、車、ホテル、飛行機のトラブル道中、
不思議と行く先々で、親切で温かい人たちに出会いました。
ローマの下町
ローマまでの列車の中、向かい合って乗り合わせたのはローマ在住の中年カップル。
南イタリアから、やたらとノロい船でギリシャまで行ってきたそうで、
「ローマからひとっ飛びすればいいのに、私たちは本当におバカさん」と言いながらも、
そんなことより、二人で旅が出来ること自体を楽しんでいるのが明らかです。
決して裕福ではなさそうで、二人とも一年中働いて、バケーションは毎年一度だけだと。
私たちの乗った列車は、途中で故障して止まってしまい、
ローマからの代りの列車を待つこと3時間。
でも、彼らと写真を見せ合ったり、珍道中を笑ったりしていると、
苛立たしい列車の遅れも、それほど気になりませんでした。
列車を乗り換えるときなども、親切に私たちの大荷物を運んでくれたりして、
すっかりお世話にもなりました。
いいものですね、お幸せなカップルって。
レチェでお友達になったジョセッペという日本通シェフが作ったスズキのにぎり!
こうしてやっと着いたローマから空港までは、また違う列車です。
これがまた離れたプラットホームにあって、走らなければ間に合わない。
すると私たちの大荷物を見かねてか、若い女性が娘の荷物を運び始めました。
困ったときはお互いさま、だと。
聞くと、マセドニアから来て、空港に遅れて来る姉を迎えに行くのだということでした。
本当に有り難かったです。
彼女とも、30分の列車の旅を笑いながら過ごしました。
レチェのカード屋のおじさんが、作品を見せてくれています。
こうして真夜中近くになってたどり着いたホテルでは、
なんと我々の部屋の空調が壊れていて、とても暑くて眠るどころではありません。
他に空いている部屋もないというのには、呆然としてしまいました。
ホテルを変えるしかないという段になって、
マネージャーだというヒチコックのような風体のおじいさんは、
疲れて眠そうな娘を見て大いに同情し、
息子を電話で叩き起こして呼びつけます。
背の高い息子さんは、すぐに飛んできて、あれやこれやと汗だくで修理にかかり、
なんと30分後には直ったのです!
二人ともイヤな顔ひとつせず、子供が可愛そうだを連発しながら。
レチェ名物、羊のミルクのリコッタチーズであります。美味!
翌日、ホテルを出る頃にはすっかり古い知己のようになってしまって、
手を握り合って別れた訳です。
レチェのB&Bの紹介で泊まったホテルでしたが、
気持ちの良い思いをしました。
さて、お次のトラブルは、遅れに遅れるアリタリア航空。
いつものことよ、とイタリア人達は怒りもせず、けっこう呑気に待っています。
そんな中、かなり強い口調で意見しているイタリア人男性が居ました。
背は低いのですが、口ひげの立派な、ピンクパンサーを思わせるハンサムなおじさん。
私は,ここぞとばかり、苦情を言い終えたおじさんに近寄って、
事情を聞き出そうとしました。
おじさんは、イタリア人にしては流暢な英語で、お決まりの遅速の原因を教えてくれましたが、
「そんなことよりも、逐一客にアップデートしないあいつらの態度が気に食わん!」
ごもっとも。
夕闇のロンドンを発つところ
サービス精神のかけらほども無いアリタリアの機内に落ち着くと、
なんと、お隣りはピンクパンサーではありませんか。
改めて自己紹介を交わしたところ、彼はイタリア陸軍の大将だと。
しかも、娘がキャンプしていたガリポリの出身で、2女の父。
上のお嬢さんの結婚式の予定から、日本の自衛隊のことにまで、大いに話しが弾みました。
わたしのB&Bのパンフをあげて、いつか来てくれますか?と聞いたら、
"Never say never!" って云うからね、とニッコリ。
このあと、ロンドンで、オンタイムだったニュージーランド航空をミスりますが、
一緒にミスったのは、ニュージーランドは南島の果て、ダニーデンから来た老夫婦。
「ここまで無事に楽しく来たのだから、まぁこんな事も有ろうて」と、
さすが熟年者の落ち着きです。
香港を出る時です。これから搭乗するニュージーランド航空機が見えます。
アリタリアに指定されて、一緒に泊まり合わせたホテルでも、
お互いの部屋のフューズが飛んでしまって、部屋替えを余儀なくされるなど、
全くトラブルの絶え間がありませんでしたが、
寡黙ながらもユーモアと思いやりのある老夫婦に励まされて、
娘も私も心が暖まる思いでした。
久しぶりに、長々と書き綴りました。
旅先での人との出会い、袖振り合うほどに短いものではありましたが、
最後の夜空を飾る花火のような彩りでした。
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